ソロモンの母バテ・シェバ Ⅰ列王記1:11~31

ダビデ王とバテ・シェバ

今年の5月12日は母の日でした。いつも、母の日は、聖書の女性を取り上げることにしています。バテ・シェバと聞くと、なぜ、彼女を取り上げるの?と思われる方もいます。彼女に対しては、少し良くない印象があるようです。彼女の汚名挽回のために、ここではバテ・シェバを学びましょう。

1.ウリヤの妻

マタイ1:6 エッサイがダビデ王を生んだ。ダビデがウリヤの妻によってソロモンを生み、

聖書を初めて読む新約聖書を開くと、マタイの福音書の最初に、イエス・キリストの系図が記されていますね。この系図には、アブラハムからイエス・キリストまでの家系が書かれています。この系図をよく読むと、驚くようなことが書かれている部分があります。特に、タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻(バテ・シェバ)、マリヤという5人の女性の名前が挙げられています。この中で、バテ・シェバだけが「ウリヤの妻」として記されています。

「ダビデがウリヤの妻によってソロモンを生む」という部分がありますが、これはダビデ王がウリヤという人の奥、バテ・シェバを通じて子供をもうけたということを意味しています。この話は、現代でいうと不倫に当たる行為です。バテ・シェバの話を通して、聖書がどのようにこのような複雑な人間関係を扱っているか、今日は一緒に学んでいきましょう。

バテ・シェバを取り上げた理由について説明します。多くの人が聖書の話を聞いて、バテ・シェバについてあまり良い印象を持っていないかもしれません。しかし、バテ・シェバも一人の女性であり、妻であり、母でした。そして、彼女を通じて神様がどのような御業を行われたのか知りたいと思いませんか?

今より約3,000年前、ユダヤの国はダビデ王によって治められていました。ダビデ王は非常に統率力があり、戦いではいつも勝利を収める勇敢な人物でした。また、信仰心も深く、聖書の詩篇の多くは彼によって書かれたとされています。当時、ダビデ王はアンモン人と戦っており、彼自身は王宮に留まっていました。

ある夕暮れ時、ダビデ王は屋上を歩いていると、ある女性が体を洗っているのを見つけました。彼はその女性、ウリヤの妻であるバテ・シェバを呼び寄せました。ウリヤはイスラエルの勇士の一人で、その時は戦場に出ていました。バテ・シェバは、おそらく王からの招待が夫の戦場の様子を知らせるものと思っていたでしょう。しかし、ダビデ王は彼女に欲情し、王の権力を使って彼女と関係を持ちました。

この結果、バテ・シェバは妊娠しました。ダビデ王はこの事実を隠そうとし、ウリヤを戦から呼び戻して妻と過ごさせようと試みました。しかし、忠実なウリヤは自分の部下が戦っている間に家で快適に過ごすことを拒否しました。困ったダビデ王は、ウリヤを最前線に送り込み、彼が戦死するように仕向けました。ウリヤが死んだ後、喪が明けると、ダビデ王はバテ・シェバを自分の妻として迎え入れました。

ウリヤの妻は、自分の夫ウリヤが死んだことを聞き、自分の主人のために悼み悲しんだ。喪が明けると、ダビデは人を遣わして、彼女を自分の家に迎え入れた。彼女は彼の妻となり、彼のために息子を産んだ。しかし、ダビデが行ったことは主のみこころを損なった。

Ⅱサムエル11:26,27

バテ・シェバは、おそらく夫ウリヤがダビデ王の策略によって死んだことを知らなかったでしょう。ダビデ王によって正式に妻として迎え入れられた時、彼女がどのように感じたかは聖書には詳しく記されていませんが、初めての子供を出産する喜びを感じたかもしれません。

しかし、ダビデ王の行いは神様を悲しませました。聖書のⅡサムエル記11章27節には、そのことが記されています。神様はダビデ王の罪を糾弾するために、ナタンという預言者を送りました。ナタン預言者は、ダビデ王に対してその罪を指摘し、王の行いがどのように神様の目に悪いものであったかを明らかにしました。

どうして、あなたは主のことばを蔑み、わたしの目に悪であることを行ったのか。あなたはヒッタイト人ウリヤを剣で殺し、彼の妻を奪って自分の妻にした。あなたが彼をアンモン人の剣で殺したのだ。

Ⅱサムエル12:9

こうして、ダビデ王は、自分の罪を認めました。

ダビデはナタンに言った。「私は主の前に罪ある者です。」ナタンはダビデに言った。「【主】も、あなたの罪を取り去ってくださった。あなたは死なない。

しかし、あなたはこのことによって、主の敵に大いに侮りの心を起こさせたので、あなたに生まれる息子は必ず死ぬ。」

Ⅱサムエル12:13,14

確かに、ダビデ王の罪は赦されましたが、その代償として生まれたばかりの子供が亡くなるという悲しい結果につながりました。Ⅱサムエル記によると、ダビデ王は子供のために断食し、地面に伏して一晩中祈り続けました。しかし、残念ながらその子供は亡くなります。ダビデ王がその子の死を深く悼んだのは聖書に記されていますが、バテ・シェバの心情については記されていません。

バテ・シェバがどれほどの悲しみを感じたか想像することはできます。おそらくダビデ王以上に深く悲しんだことでしょう。彼女は、自分の夫ウリヤがダビデ王の陰謀で殺されたこと、そして自身がその計画に無意識のうちに巻き込まれたことを知りました。さらに、その後に生まれた初めての子供が罪の結果として亡くなったという事実は、彼女にとっていかに大きな苦痛をもたらしたでしょうか。

主も、あなたの罪を取り去ってくださった。あなたは死なない。

Ⅱサムエル 12:13

神様は、ダビデの罪を子供と引き換えに赦しました。それはバテ・シェバにとっても同様です。子供の死が自らの罪のために死んだことは、ダビデとバテ・シェバの互いの心に大きな痕跡を残したことでしょう。

ダビデは妻バテ・シェバを慰め、彼女のところに入り、彼女と寝た。彼女は男の子を産み、彼はその名をソロモンと名づけた。主は彼を愛されたので、預言者ナタンを遣わし、主のために、その名をエディデヤと名づけさせた。

Ⅱサムエル12:24,25

エディデヤというのは、「神に愛される者」という意味です。

ダビデ王には、少なくとも8人の妻と20人以上の子供がいました。そのうち、バテ・シェバを除く妻は1人か2人の子供を産んでいます。バテ・シェバだけは亡くなった最初の子供を除いて4人の子供を産みました。これは、バテ・シェバとダビデ王の良い関係の表れだと思われます。それは、ダビデ王とバテ・シェバがお互いを赦し、慰め合う関係を築いていたからでしょう。彼らの罪によって、彼らの子供が犠牲になったからです。

私たちにも、罪のために犠牲になった神の御子がいます。神の御子の犠牲のために、私たちも互いに赦し合うべきです。

互いに親切にし、優しい心で赦し合いなさい。神も、キリストにおいてあなたがたを赦してくださったのです。

エペソ 4:32

2.ソロモンの母バテ・シェバ

Ⅱサムエル記に登場したバテ・シェバは、25年後に再び登場します。その時、ダビデ王は69歳で死の直前のことでした。ダビデ王は老いて体が弱っていました。人々は次の王が誰かと考えていました。通常、ユダヤでは、長男が親の地位を継ぐことが多いようですが、ダビデの長男アムノン、三男アブサロムはすでに亡くなり、また、次男ダニエルも王位継承権が無かったようで、四男のアドニアが王位継承の筆頭でした。そこで、アドニア自身が「私が王になる」と宣言し、まずユダヤの軍隊を掌握しました。さらに、有力者の支持を得て、自分に反対する者を排除し、王になる祝祭を開きました。

このとき、アドニアを反対する者の中には、預言者ナタンもいました。というのは、ナタンは、神が次の王をソロモンとすることを知っていたからです。

ダビデはソロモンに言った。「わが子よ。私は、わが神、【主】の御名のために宮を建てる志を持ち続けてきた。

しかし、私に次のような【主】のことばがあった。『あなたは多くの血を流し、大きな戦いをしてきた。あなたがわたしの名のために家を建ててはならない。わたしの前に多くの血を地に流してきたからである。

見よ、あなたに一人の男の子が生まれる。彼は穏やかな人となり、わたしは周りのすべての敵から守って彼に安息を与える。彼の名がソロモンと呼ばれるのはそのためである。彼の世に、わたしはイスラエルに平和と平穏を与える。

Ⅰ歴代誌22:7-9

そこで、ナタンは、アドニアの王の宣言を聞いたとき、すぐに行動を起こさなければならないと感じたのです。彼はソロモンの母であるバテ・シェバに相談しました。バテ・シェバはおそらく隠遁生活の状態で、アドニアの言動を知りませんでした。

ナタンは、バテ・シェバがダビデ王とソロモンに対する最も身近な人物であることを知っていたのです。でも、政治に口出さない彼女をどう動かしたら良いか考えたようです。

そこで、ナタンはソロモンの母バテ・シェバにこう言った。「われらの君ダビデが知らないうちに、ハギテの子アドニヤが王になったことを、あなたは聞いていないのですか。さあ今、あなたに助言をしますから、自分のいのちと、自分の子ソロモンのいのちを救いなさい。

Ⅰ列王記1:11,12

ナタンは、政治の話ではなく、アドニアが王になることによって起こるバテ・シェバ自身とソロモンの命が危険になることを伝えたのです。彼女にとって、息子ソロモンの命は重要です。バテ・シェバはナタンの助言に従い、ただちにダビデ王のもとへ行き、状況を説明しました。

彼女は答えた。「わが君。あなたは、あなたの神、【主】にかけて、『必ずあなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となる。彼が私の王座に就く』と、このはしためにお誓いになりました。

Ⅰ列王記1:17

彼女の関心は、

このままですと、王様がご先祖とともに眠りにつかれるとき、私と私の子ソロモンは罪ある者と見なされるでしょう。」

Ⅰ列王記1:21

と、命の危険でした。このことで王は動き、ソロモンを王としたのです。

アドニアは、ソロモンが王となったことを聞き、立場が逆転したことを知りました。アドニアは反逆罪です。アドニアは、ソロモン王に慈悲を求め、王は彼を赦しました。

ところが、しばらくして、アドニアの野望は沸々と込み上がってきたようです。バテ・シェバを利用して、ダビデ王の妾を妻にして、再び、王位を狙おうとしたのです。バテ・シェバは、自分とソロモンを殺そうとしたアドニアを赦し、彼のために便宜を図ろうとしました。彼女は、ソロモン王にアドニアの願いを伝えたのですが、ソロモン王はアドニアの野望を見抜いたのです。そして、ソロモンは、母バテ・シェバに言いました。

ソロモン王は母に答えた。「なぜ、アドニヤのためにシュネム人の女アビシャグを願うのですか。彼は私の兄ですから、彼のためには王位を願ったほうがよいのではありませんか。彼のためにも、祭司エブヤタルやツェルヤの子ヨアブのためにも。」

Ⅰ列王記2:22

バテ・シェバはアドニアの野望を見抜けない愚か者のように見えます。ソロモン王は、母バテ・シェバがアドニアの過去の反逆を許し、彼の疑わしい願いを受け入れたことに驚いたと思います。

パウロはⅠコリント6章で、兄弟同士が互いに争うのではなく、愛し赦し合うために、不正を甘んじて受け入れることを勧めています。

私は、あなたがたを恥じ入らせるために、こう言っているのです。あなたがたの中には、兄弟の間を仲裁することができる賢い人が、一人もいないのですか。

それで兄弟が兄弟を告訴し、しかも、それを信者でない人たちの前でするのですか。

そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。どうして、むしろ不正な行いを甘んじて受けないのですか。どうして、むしろ、だまし取られるままでいないのですか。

Ⅰコリント6:5-7

バテ・シェバは、ソロモンの兄弟アドニアを裁くのではなく赦すことを選んだのではないでしょうか。私たちも、互いに裁き合うのではなく、イエス・キリストの死をもって、神が私たちを赦して下さったように、互いに赦し合うものとなりたいものです。

互いに親切にし、優しい心で赦し合いなさい。神も、キリストにおいてあなたがたを赦してくださったのです。

エペソ 4:32

3.主を恐れる女

ソロモン王は類稀な知恵を持っていました。ソロモンは神様から知恵を与えられたことは知られていますが、実際に多くの知恵を持つには、親、特に母親の影響は大きいと思います。バテ・シェバはソロモンに対して深い愛情と教育を注いだのではないかと思われます。それを裏付けるものとして、箴言31章があります。31章の冒頭に、「レムエル王の言葉」とあり、レムエル王への母の訓戒が記されています。伝統的にこの「レムエル王」は母バテ・シェバがソロモンの小さい頃につけた名前だと言われています。そして、バテ・シェバが王として将来直面する誘惑や、道徳的な危険について警告した内容となっています。

私の子よ、何を語ろうか。私の胎の子よ、何を語ろうか。私の誓願の子よ、何を語ろうか。

あなたの力を、女たちに費やしてはいけない。王を滅ぼす者たちに、歩みを委ねてはいけない。

箴言31:2,3

そして、箴言31章10節の「しっかりした妻を見つけることの値打ち」は、ソロモン王に対する母バテ・シェバの教えで重要な部分です。

しっかりした妻をだれが見つけられるだろう。彼女の値打ちは真珠よりもはるかに尊い。

箴言31:10

バテ・シェバの人生は多くの試練と変化に満ちていました。ダビデ王との出会いに始まり、その後の出来事が彼女の人生を大きく揺れ動かしました。夫ウリヤの死後、彼女は最初の子供を失うという悲劇に直面します。しかし、この困難を乗り越えて、彼女はダビデ王の妻として、またソロモンの母として、優しく賢明な女性として成長したのです。

箴言31章28節,30節では、このように夫と子供からの称賛が記されています。

その子たちは立ち上がって彼女をたたえ、夫も彼女をほめたたえて言う。

麗しさは偽り。美しさは空しい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。

箴言31:28,30

これは著者のソロモン王が、母バテ・シェバを称賛して語った言葉のように思えます。

勧士 高橋堅治