毎月の第4週は、教会の「ビジョン」について、みんなで一緒に学んでいます。
ふり返ってみると、その始まりは数年前の部会でした。
そのとき、私たちは「杏の里教会の夢」という題で、将来どんな教会にしていきたいかを話し合いました。
そのときに出てきた希望は次の4つでした。
- 若い人や、新しく来る人が集まる教会
- 家族が救われること、しばらく休んでいる人が信仰を取り戻すこと
- ほっとできる場所、そして福音のメッセージをいただけること
- 無理をせず、心から神様に仕えること
その後、私たちはこれらをもとにいろいろ学んできました。
学んできた中で、若い人や新しい人が集まること、家族の救い、信仰の復活というのは、「生活伝道」と言われる、イエス様の愛を生活の中で実際に生きることから生まれる実(みのり)だと学びました。
また、「ほっとできる場所、福音のメッセージに恵まれること、無理をしないで心から神に仕えること」は、神様や周りの人との関係に関わっていて、前に学んだ「筋の通った奉仕」、つまりローマ人への手紙12章1節にあるように、自分自身を神様にささげることが本当の奉仕であると学びました。
そして今日は、このことにつながるとても大事なイエス様のお言葉、「初めの愛」を思い起こすことを一緒に学んでいきたいと思います。
1.あなたの行い、労苦、忍耐を知っている
ヨハネの黙示録2章1〜3節をお読みください。「わたしは、あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている。また、あなたが悪者たちに我慢がならず、使徒と自称しているが実はそうでない者たちを試して、彼らを偽り者だと見抜いたことも知っている。」(黙示録2:2)
ヨハネの黙示録を書いたのは、十二弟子のひとりヨハネです。
ヨハネは、ローマ皇帝ドミティアヌスという人の時代に、教会への迫害(クリスチャンを苦しめること)のために捕まりました。そして、ギリシャのエーゲ海にある小さな島「パトモス島」に追放されました。
その島でヨハネは、イエス様の「幻(げん)」を見ました。幻とは、特別に神様から見せられるものです。そこでイエス様が語られた言葉を、トルコの西の方にあった七つの教会に向けて書き送ったのです。
この黙示録は、西暦95年ごろに書かれたと考えられています。当時、ローマ皇帝ドミティアヌスは自分のことを「主であり神だ」と人々に呼ばせて、皇帝を礼拝するように命じました。けれどもクリスチャンたちは、神様だけを礼拝するので、それに従わなかったため、ひどい迫害を受けました。
また、その時代の七つの教会は、迫害だけでなく、「異端(まちがった教え)」や「礼拝がただの形式になってしまうこと」など、信仰が危なくなる問題も抱えていました。
イエス様は、そのような中でヨハネに幻を通して、「迫害に負けないで、希望を持ちなさい」と語られました。このメッセージを、ヨハネを通して七つの教会に送られたのです。
今日の聖書の箇所は、黙示録2章1〜7節で、ここには、エペソの教会にあてられた言葉が書かれています。
エペソの教会は、使徒ヨハネが晩年に仕えていた教会です。
当時のエペソは人口が約25万人もいて、とても大きな町でした。そこには「アルテミス」という豊かさの女神をまつる神殿がありました。エペソは「アジア州の首都」と呼ばれるほど、宗教や文化、経済の中心として栄えていたのです。
そのエペソにある教会に向けて、イエス様は次のように語られました。
イエス様は、「右手に七つの星を持ち、七つの金の燭台(しょくだい)の間を歩く方」として紹介されています。ここでいう「七つの星」は教会を表し、「七つの金の燭台」は聖霊を表しています。
イエス様が「教会を握る」と言われていますが、この「握る」という言葉には「支配する」という意味があります。つまり、教会を本当に導き、支配しているのはイエス様ご自身なのです。
そしてイエス様は、エペソの教会に向かってこう言われました。
「わたしは、あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている」
ここでの「知っている」という言葉は、「過去から今まで、すべてを知り尽くしている」という深い意味があります。エペソの教会の人たちは、イエス様を直接見たことはなかったかもしれませんが、それでもイエス様は彼らのことを全部ご存じだったのです。
エペソはアルテミス神殿を中心とした異教の町でした。その中で福音を伝えるのはとても大変でした。実際に「使徒の働き」19章には、パウロがエペソで大きな暴動に巻き込まれたことが書かれています。
さらに、教会の中には「偽の信徒」も入り込んでいました。彼らは「自分は使徒だ」と名乗っていましたが、実際にはそうではなかったのです。エペソの教会はそのことを見抜きました。また、当時の異端である「ニコライ派」にも立ち向かっていました。
そして、ヨハネ自身が捕らえられたように、迫害もありました。そのような中でもエペソの教会は忍耐強く信仰を守り続けていたのです。
このように大変な状況にあったエペソ教会の「行い、労苦、忍耐」を、イエス様はすべてご存じだったのです。
では、私たちの杏の里教会はどうでしょうか。
迫害こそありませんでしたが、「労苦と忍耐」は確かにあったと思います。
1971年に千曲市で開拓伝道が始まり、その後、会堂を移し、2005年からは、現在の地で礼拝をするようになりました。
私たちは小さな群れではありますが、今日までこの地域で信仰を守り続けてきたのです。
また、私たちの地域もエペソのように、昔からの信仰や風習が強く残っていて、キリスト教に対する偏見も少なくないと思います。
そして顧問牧師ご夫妻は、長い間、杏の里教会に仕えてくださいました。その歩みは、本当に並大抵の労苦と忍耐ではなかったと思います。
ですから、イエス様がエペソの教会に語られたように、杏の里教会に対しても、きっとこう言ってくださるのではないでしょうか。
「わたしは、あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている」
そのことを証明する一つの出来事をお話しします。
私は以前、体調を崩し、休職することになりました。体調が少しずつ回復してきたとき、仕事に戻るために、職場復帰のための支援を受けることになりました。
そのころ、私は毎日、通っていました。早めに行って、1時間ほど近くの公園を歩きながら祈ることを続けていました。
その祈りの中で、神様はいろいろなことを私に教えてくださったのです。
ちょうどその1年前、ある聖会に参加したときのことです。私は「イエス様が振り向いて、『わたしに従ってきなさい』と言われる幻」を見ました。その後、本当にさまざまなことが私に起こりましたが、その中で私は今のように杏の里教会に仕える者とされていったのです。
その経験を通して私は、イエス様がご自身のものである杏の里教会をどれほど深く愛しておられるのかを知ったのです。
ですから、私はこう思います。
エペソの教会と同じように、イエス様は杏の里教会に対しても、「あなたの行い、あなたの労苦と忍耐を知っている」とはっきり言ってくださるのです。
だから私たちは、ひとりぼっちで恐れたり、悲しんだり、嘆いたりする必要はありません。
イエス様は、私たちひとりひとりのことを、過去から今まで全部知っておられるからです。
あなたが流した悲しみの涙も、主のために流した汗も、そして主のために痛めた心も――イエス様はすべてご存じなのです。
2.悔い改めて初めの行いをしなさい
ヨハネの黙示録2章4〜7節をお読みください。「けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。だから、どこから落ちたのか思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい。」(黙示録2:4〜5)
イエス様は、エペソの教会のことをすべてご存じで、その行いをとても評価されていました。
ところが同時に、イエス様は「責めるべきことがある」とも語られたのです。
つまり、イエス様はエペソ教会の働きを認めつつも、そのあり方を完全に良しとはされなかったのです。まるで最初に十分に褒めておいてから、本当に大切な問題を指摘するような言い方ですね。
イエス様がエペソの教会に対して語られたのは、「あなたは初めの愛から離れてしまった」ということでした。
迫害に耐え、異端と戦い、労苦や行いを積み重ねてきたことはイエス様もよく知っておられました。けれども、その中で「初めの愛」が失われてしまったことを、イエス様はとても残念に思われたのです。そしてイエス様はこう続けられました。
「だから、どこから落ちたのかを思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい」
ここで言われている「初めの行い」とは、「初めの愛」による行いのことです。つまり、今は確かに行いがあるけれど、その行いに「初めの愛」が欠けてしまっている、ということなのです。
だからこそ、イエス様はまず「どこから落ちたのか思い起こすこと」が必要だと語られました。
この「どこから落ちたのか」という言葉には二つの意味があります。
1. 「どの位置・起源から落ちてしまったのか」――つまり「初めの愛」とはどんな状態だったのかを思い出すこと。
2. 「どんな理由から落ちてしまったのか」――つまり「初めの愛を失ってしまった原因は何か」を考えること。
この二つを思い起こし、悔い改めることが、エペソの教会にとって大切なことだったのです。
エペソの教会は、当時とても立派で、模範的な教会だったようです。
偽の信徒や異端と戦っていたほどですから、聖書の教え(教理)をしっかり守っていたのです。
ところが、教会があまりにも教理を大事にしすぎて、また奉仕を重視しすぎたために、イエス様への愛がだんだん薄れてしまったようです。
その結果、教理を守るために教会全体が冷たくなり、互いに疑うようになって、人々のいろいろな信仰を受け入れることができなくなった、と言われています。
19世紀のイギリスの説教者チャールズ・スポルジョンは、愛が死んでしまえば、どんなに正しい教理も命のない死体のようになり、ただの力のない形式だけになってしまう、という趣旨のことを語っています(スポルジョンより要約)。
つまり、スポルジョンの言葉によれば、エペソの教会は「形式だけの教会」になってしまった、というのです。
では、「形式だけの教会」とは、どんな教会のことなのでしょうか。
日本セルチャーチ宣教ネットワーク(JCMN)が公開している内容によると、次のような特徴が挙げられています(JCMNの説明より要約)。
- プログラム中心:活動やイベント、礼拝の形そのものが目的になり、中身に命がない。
- お世話ばかり:牧師やリーダーが信徒を世話する側になり、信徒が弟子として成長できず、「お客様信徒」でいっぱいになる。
- 権威の独占と囲い込み:指導者が権威や情報、人材を抱え込み、信徒の賜物やリーダーシップが育たない。
- 牧師中心:牧師がいなければ何も進まず、「すべての信徒が祭司」という原則が失われる。
- 内向き:教会の中の秩序や安心を守ることに集中し、地域への使命や伝道に無関心になる。
- 孤立:他の教会との交わりを避け、自分の教会だけで完結する。
- 伝統重視:「昔からこうしてきたから」という理由で新しい働きや形を拒み、形だけの礼拝や制度が残る。
では、私たちの杏の里教会はどうでしょうか。
- プログラム中心になっていないでしょうか。「いつもやっているから」という理由だけで続けてしまっていないでしょうか。
- お客様のように教会に来ているだけになっていないでしょうか。本当は一人ひとりに与えられた役割があるのに、それを生かしていないことはないでしょうか。
- 役割を独り占めしてしまってはいないでしょうか。大事な働きを一部の人だけが抱え込んでしまっていないでしょうか。
- 牧師中心になっていないでしょうか。日本の多くの教会は、牧師がいなくなると活動が止まってしまうと言われています。杏の里教会はどうでしょうか。
- 内向きの姿勢になっていないでしょうか。「自分たちの教会さえ良ければいい」という考えにとらわれていないでしょうか。
- 伝統重視になりすぎていないでしょうか。伝統そのものは大切ですが、そればかりに縛られて、本当に大切な「信仰」を失ってしまってはいないでしょうか。
以前、私は「教会の将来」について心配していました。
高齢化が進んで、礼拝に出席する人が減ってしまうのではないか、と考えていたのです。
そのため、「どうすればもっと多くの人を礼拝に集められるだろうか」ということばかりを思いめぐらしていました。
ところが、ある方にその話をしたとき、こう言われました。
「礼拝に人を集めることばかり考えるのは、少し違うよ」
その後、その方から「教会の七つの本質」について教えていただきました。
そのことを通して、私はそもそも「教会」というものの意味を誤解していたことに気づかされたのです。
今日は改めて、皆さんと一緒にこの「教会の七つの本質」を分かち合いたいと思います。
「七つの本質」という考え方は、1970年代に始まった「セルチャーチ運動」にルーツがあります。
セルチャーチ運動とは、信徒の家庭などの小さな集まりを大切にしながら、福音を広げようとした活動でした。牧師たちは、「うまくいっている教会の方法を学ぼう」としましたが、成功していた教会の多くは「メガ・チャーチ」と呼ばれる、数千人、数万人が集まるとても大きな教会でした。でも、そのような大きな教会の方法を真似しても、小さな教会ではうまくいきませんでした。
2000年に、35ヵ国の教会が集まる「教会サミット」がインドネシアで開かれました。そこでは「方法」を学ぶのではなく、「教会が本来どうあるべきか」という原則を探す試みが行われました。
その結果、最終的にたどり着いたのが「七つの本質」だったのです。
これは、教会が健全にあり続けるための神学的な土台(基礎)であると言われています。
教会の「七つの本質」
関係(Relationship) 教会は、神様に呼ばれた人たちの集まり(エクレシア)です。互いに愛し合い、人々を愛することが大切です。
「喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい」(ローマ12:15)
参加(Participation) 「万人祭司」といって、すべての信徒が神様に仕え、人々に仕えるのです。
「あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です」(Ⅰペテロ2:9)
能力付与(Empowering) ひとりひとりがキリストの弟子であり、教会(キリストのからだ)を建て上げるために、それぞれの賜物や技能を身につけることです。
「聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためです」(エペソ4:12)
イエス中心(Focus on Jesus) 教会の頭(かしら)は牧師ではなく、イエス様ご自身です。そのことをいつも心に留めることが大切です。
「神のうちにとどまっていると言う人は、自分もイエスが歩まれたように歩まなければなりません」(Ⅰヨハネ2:6)
伝道と増殖(Outreach and multiplication) まだイエス様を知らない人に福音を伝え、導き、新しい弟子を生み出すことです。
「ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい」(マタイ28:19)
ネットワーク(Networking) 教会は一つだけで閉じるのではなく、他の教会とつながり合い、協力し合うことです。(エペソ4:16)
適応可能な構造(Adaptable structure) 教会の組織や形は固定ではなく、状況に合わせて変えられるものです。キリストのいのちがあふれるために、ふさわしい形を整えるのです。
「何とかして、何人かでも救うためです」(Ⅰコリント9:22)
では、私たちはこれからどのような教会でありたいでしょうか。
さきほど紹介した「七つの本質」は、新しい教理ではありません。
これは、ただ聖書に照らして「命のある教会」とはどのようなものかを示しているものです。
これまで私たちは、顧問牧師ご夫妻に信仰生活の多くを頼ってきました。
けれども、これからは私たち自身が「信仰の子ども」のままではなく、「信仰の大人」に成長する必要があります。
つまり――
- 神様を愛し、互いを信頼し合い、愛し合う関係をつくること。
- 「万人祭司」として、一人ひとりが神の国の働きに参加していくこと。
- そのために自分の賜物を知り、それを成長させていくこと。
- イエス様を中心とした生活を送ること。
- イエス様中心の生活を通して愛による伝道(生活伝道)。
- 教団や地域の教会と協力し合うこと。
- 伝統にとらわれすぎず、新しい「キリストのからだ」としての教会をみんなで築いていくこと。
これこそが、私たち杏の里教会が目指す姿ではないでしょうか。
大切なのは、私たちひとりひとりが「自分の初めの愛」を思い起こすことです。
イエス様を信じ始めたとき、どんな思いで神様を愛していたのか、どんな気持ちで祈り、礼拝していたのか――それを振り返ることです。
もし、今の自分のイエス様への思いが、そのときよりも弱くなっているなら、なぜ弱くなってしまったのかを考える必要があります。
それこそが、ここでイエス様が語っておられる「悔い改め」です。
つまり、「初めの愛」にもう一度立ち戻ることなのです。
私も、自分の「初めの愛」がどんなものだったかを思い返してみました。
思い起こしてみると、私は幼いころから「自分を守ってくれている存在がいる」と感じていました。
若いころ、短波ラジオを聞くのが好きで、その中でキリスト教の福音放送を聞くようになり、「私を守ってくださった方は神様だったんだ」と知りました。
また、マザーテレサの活動に感動して、「神様の愛の大きさ」に触れ、信仰を持つようになりました。
そのころの私は、自分がクリスチャンであることを恥ずかしいと思わず、いろいろな人に聖書や祈り方を知らせました。イエス様が大好きだったのです。
けれども、洗礼を受けてからは、伝道集会のたびに「友だちを誘わなくては」と思うようになり、そのために友だちを失ってしまうこともありました。さらに教会では「十戒」のように「○○してはならない」という説教が多く、人を裁き、そして自分自身をも裁くようになってしまいました。
そして、いつの間にか、私は「人を裁き、自分を裁く人間」になり、神様の愛に感動する心を失っていったのです。
しかし、神学校に入って、改めて深い聖書の学びを通して次第に私は気づきました。
信仰は「律法(○○してはならない)」に縛られることではなく、イエス様の愛を生活の中で実際に行っていくこと(生活伝道)が大切なのだと。
そのことに気づいてから、私は肩の荷を降ろして、歩めるようになりました。
今日は、部会でそれぞれの「初めの愛」を思い出してみましょう。
皆さんの初めの愛は、どんなものだったでしょうか。
そして、もし今の神様への思いが、そのときと違っているとしたら――なぜ、そのように変わってしまったのかを考えてみましょう。
さらに、できれば「どうすれば初めの愛を取り戻せるのか」についても、一緒に考えてみてください。
「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛にとどまりなさい。」(ヨハネ15:9)
イエス様は、私たちが信じ始めた「初めのとき」から、今日までずっと変わらずに、私たちを愛してくださっています。
だからこそ、私たちは「初めの愛」に立ち戻り、その愛の中に生き続けていきましょう。
聖書の引用は『聖書 新改訳2017』©2017 新日本聖書刊行会 による。