イエス捕えられる

聖書箇所:ヨハネ18:1〜11

説教者:高橋堅治

ヨハネの福音書もいよいよ、クライマックスへと向かいます。木曜日の出来事です。イエス様と弟子たちは、過越しの祝いの食事を後にして、ゲッセマネの園へ祈りに向かいます。

ゲッセマネの園にて

ヨハネ18:1〜2をお読みください。イエス様は弟子たちとともに、キデロンの谷の向こうの園に入られました。イエス様が弟子たちと、たびたびそこに集まっておられたので、イエス様を裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていました。

イエス様の祈り、それは大祭司の祈りと呼ばれますが、それを終えて、イエス様と弟子たちは、キデロンの谷の向こう側に出ていかれました。伝承で言われているイエス様たちが過越しの祝いを行った家から、ゲッセマネの園までの距離は1.3km程だったといいます。キデロンの谷は、およそ90mほど低い位置にあるため、緩やかな坂を長い間、続くという感じだったのかもしれません。キデロンの谷を越えたらすぐにゲッセマネの園がありました。それから、キデロンの谷とは、エルサレム市街の東側にあり、市街地とオリーブ山との間を南北に走る渓谷で、キデロンは「黒い」という意味があります。この「黒い」というイメージには、過越しの祭りで、多くの動物が奉げられ、その血で赤黒く染まったからとも言われています。そして、この黒い川の東側で、ゲッセマネの園があり、そこで神の子羊と言われるイエス様は、生贄として捕えられたのです。

イエス様らがゲッセマネの園を訪れる目的は、祈るためです。イエス様は、2節に裏切ろうとしていたイスカリオテのユダが、イエス様が祈りに行かれることを知っていたのです。ゲッセマネの園は、イエス様が父なる神様と交わるためのとても大切な場所でした。このヨハネの福音書には書かれていませんが、他の福音書では、イエス様が捕えられる直前に、このゲッセマネの園で祈られていたことが書かれています。(マタイ26:36〜46)

このとき、イエス様は、「悲しみもだえ始められた」(マタイ26:37)といいます。そして、「わが父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください。」(マタイ26:39)と祈られたのです。このような祈りをイエス様は3度、行ったと書かれています。すなわち、イエス様は、杯が過ぎ去ること(苦難から逃れること)、そして、それでも父なる神様の御心に従うことを祈られました。ヨハネは他の福音書に記されているゲッセマネの園での祈りは書いていません。しかし、イエス様は既に、エルサレムに入城されたときに、次のように語られていました。

「父よ、この時からわたしをお救いください」と言おうか。いや、このためにこそ、わたしはこの時に至ったのだ。(ヨハネ12:27)

それは、ゲッセマネの祈りと同じです。イエス様の心が騒ぐ、それは、「わたしの魂が震えている」という表現です。そして、「父よ、この時からわたしをお救いください」という願いと共に、苦悩の中で父なる神様に従おうとされていることが分かります。すなわち、イエス様はエルサレム入城のときから、既に心が動揺し、できれば苦しみから逃れたいと言う願いと、それでも父なる神様に従うことを選ぼうとする葛藤があったことが分かります。

私たちは、「信仰」というと、サッパリと神様のお言葉に従うこと、そして、以後、再び戸惑わないことが重要であると考えることがあります。そして、戸惑い、決断に悩み、恐れを抱きながら、それでも神様の御言葉にすがろうとする態度がいけないように感じるかもしれません。こんなとき、このイエス様を見るのです。

「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。」(ヘブル12:2)

実に、イエス様も私たちと同じで、心が動揺し、従うことに躊躇し、それが長い間続けたお方なのです。私たちはご自身が様々な信仰の決断に迫られる時、十分に苦悩し、そして戸惑うことが必要なのかもしれません。

「わたしはある」と言われるお方

ヨハネ18:3〜11をお読みください。ユダは、兵士の一隊と祭司長たちやパリサイ人たちから送られた下役たちを連れ、明かりとたいまつと武器を持ってやって来ました。イエス様が「だれを捜しているのか」と問われると、彼らは「ナザレ人イエスを」と答え、イエス様は「わたしがそれだ」と言われました。すると彼らは後ずさりし、地に倒れました。シモン・ペテロは剣を抜いて大祭司のしもべの右の耳を切り落とし、イエス様は「剣をさやに収めなさい」と言われました。

イスカリオテのユダは、祭司長、パリサイ人たちにイエス様を売りました。そして、イエス様がいつもおられるゲッセマネの園を捕える場所として定めて捕える計画を立てました。そして、ローマ兵と、祭司長たちやパリサイ人たちから送られた下役たちを園に連れて来たのです。この「一隊の兵士」とは、通常、千人隊長が率いるローマ兵という意味があり、それはローマ兵が数百人から千人もの規模でイエス様を捕えに来たのです。なぜ、たかが十数名のイエス様一行に、これだけ多くのローマ兵を引き入れる必要があったかというと、イエス様には、味方をする群衆が多く、イエス様たちが群衆を扇動するのではないかという恐れを持っていたのです。更に、イエス様ご自身が多くの奇跡を用いて、対抗する可能性もありました。

多くのローマ兵により、イエス様を捕えようとイエス様を取り囲みました。一方、イエス様は、ご自分が捕えられることを既に知っていました。それだけでなく、イエス様は、これから始まる苦難はご自身だけのものであり、弟子たちを巻き込もうと考えておられませんでした。なぜなら、イエス様は現在の弟子たちの弱さを知っておられ、さらに、彼らひとりひとりが欠けてはならない弟子であると考えていたからです。そこで、イエス様は「だれを捜しているのか」と聞くと、兵たちは「ナザレ人イエスを」と答えました。イエス様が「わたしがそれだ」と答えました。すると、「彼らは後ずさりし、地に倒れた」のです。「わたしがそれだ」というイエス様の宣言は、ギリシア語で「ἐγώ εἰμι」(エイゴー・エイミー)と呼ばれる言葉です。おそらく、聖書のギリシア語を学ぶときに、一番、最初に学ぶ言葉がこの「ἐγώ εἰμι」だと思います。

この「ἐγώ εἰμι」とは、モーセが燃える柴の中から聞いた神様ご自身のお名前の「わたしはある」という意味です。(出エジプト3:14)

この言葉は、ユダヤ人があまりにも畏れ多くて、聖書を読むときに一切声を出して読まなかった言葉です。忘れ去られたために、当て字をつけて、昔は「エホバ」、いまは「ヤーウェ」ではないかと言われる現在も読み方が分からない言葉です。そして、この神様のお名前には、神様の権威があります。イエス様は、兵たちが捕えようとしたとき、神様の権威をお使いになったのです。このとき、弟子のペテロは、持っていた剣で、大祭司のしもべであるマルコスの右の耳を切り落としました。

イエス様はペテロに言われました。「剣をもとに収めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。」また、父にお願いすれば十二軍団よりも多くの御使いを配下に置くことができるが、それでは聖書が成就しないとも言われました。(マタイ26:52〜54)

イエス様は、ペテロに剣を収めるように言いました。それは「剣を取る者はみな剣で滅びます」からです。このみ言葉はとても有名です。世界平和を求めるとき、戦争を行う者に対して、武器を取るものは、武器によって滅ぼされると言い、武器による解決は無いことを語るときに良く用いられる言葉です。ここでのイエス様は、イエス様ご自身が神様の権威を持つお方であっても、抵抗することなく捕えられるのは、父なる神様に従うためだというのです。

私たちは、イエス・キリストを通して父なる神様の子どもとされました。神様の子どもだから、イエス様のように神様の権威を使うことができます。イエス・キリストの御名によって祈ることが、神様の権威を使うことです。しかし、それ以上に大切なことは、イエス様のように父なる神様に従うことです。

父が下さった杯

「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を飲まずにいられるだろうか。」(ヨハネ18:11)

イエス様が、「父がわたしに下さった杯」と言われたことはどんなことでしょうか。聖書に書かれた杯という言葉には、神様の御心を行うために苦しみ、死を味わうことを意味する場合があります。ここでの杯の意味は、正に、ご自身を人々の罪の代わりとなって生贄とされる神の子羊としての杯でした。この杯をイエス様は父なる神様から与えられたのです。私たちには、このようなことが考えられません。よく「可愛い子には旅をさせよ」と言いますが、それは子供の独立心を養うためです。しかし、イエス様の場合、神様のご計画を行うために、自分の子どもを犠牲にすることでした。愛し合う関係であっても、このようなことが本当にあるのかと調べてみました。実は次のような歴史の事実としてありました。それは、王が民を救うために、自分自身や子どもを犠牲にすることです。

紀元前9世紀、モアブ王メシャが、長男を犠牲にして、自分の国を守りました。戦いが不利になった王は、王位を継ぐ長男を城壁の上で全焼のささげ物として献げ、イスラエル人は引き揚げて自分の国へ帰りました。(Ⅱ列王3:26〜27)

王様が戦で負けそうになったとき、息子を犠牲にすることにより、自国の人々の心を鼓舞した例です。

また、聖書ではありませんが、アテネの王コドロスは、敵軍が「アテネの王を殺さなければ勝てる」という神託を受けたと知り、王が自ら変装して敵兵に殺されるよう仕向け、自国を救ったとされます。

この世界の王である父なる神様は、罪に満ちたこの世界の人々を滅びから救うために、御子を犠牲として差し出したのではないでしょうか。そして、父を愛し信頼するイエス様は自らのご意志から、父なる神様の御心に従おうとされたのです。これが、イザヤ書53章にある受難の僕としてのイエス様による救いなのです。イザヤ書に書かれた神様のご計画を、ペテロの手紙では、その通りにイエス様が行われたことが記されています。(Ⅰペテロ2:22〜25)

イエス様の杯とは、「自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた」ことです。その目的は、「私たちが罪を離れ、義のために生きるため」です。私たちは弱い者であり、剣に頼ろうとしたペテロのような者です。しかし、ペテロは、イエス様は自らご自身が十字架の上で罪を負われたことを知り、剣に頼るのではなく、「自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰った」のでした。

私たちは、イエス様が自らお飲みになった杯である十字架を決して忘れてはなりません。ここに、神様の権威、私たちの罪をその身に負われ、私たちは、イエス様の打ち傷によって癒された者であることを信じたいと思います。

聖書の引用は『聖書 新改訳2017』©2017 新日本聖書刊行会 による。

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