母の日は、毎年5月の第2日曜日に祝われています。この日は、お母さんへの感謝の気持ちを表す特別な日です。
母の日は、1908年にアメリカのアンナ・ジャービスさんが始めました。彼女は亡くなったお母さんを思い、母親の命日である5月10日に教会で追悼会を開き、参列者に白いカーネーションを配りました。これがきっかけで、アメリカでは5月の第2日曜日が母の日となり、国の祝日になりました。その後、日本でも森永製菓が「母の日森永大会」を開催し、母の日が広まりました。今では、5月の第2日曜日は日本でも母の日として多くの人に祝われています。キリスト教会でも母の日に感謝を込めた礼拝が行われています。
今日は、母の日にちなんで、イエス様のお母さんであるマリアについて一緒に学んでみましょう。
1.幸いな人マリア
「この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。」(ルカ1:48)
昨日の新聞で、新しいローマカトリック教会の教皇、レオ14世が選ばれたことが報じられていました。彼はアメリカ出身の初めての教皇です。世界では、全人口の約8割の人々が何らかの信仰を持っていて、そのうち3人に1人はキリスト教を信じています。そして、そのキリスト教徒の中で半分の人たちがローマカトリック教会の信者です。
キリスト教会は、聖書では「ひとつの体」として表されています。そのうち、多くのキリスト教徒がローマカトリックの信仰を持っているのですから、私は、新しい教皇がイエス様の御心に従って活動していけるように願います。
ローマカトリック教会では、マリアというイエス様のお母さんを特別に敬い、礼拝する習慣があります。杏の里教会では、マリアを礼拝の対象にはしていません。
後で、なぜカトリック教会がマリアを信仰の対象にしているのかも簡単に説明したいと思います。一方、私たちの教会では、マリアについてはクリスマスで触れる程度で、あまり詳しく話されることはありません。しかし、イエス様の母であるマリアは重要な人物です。
今日は母の日ですので、マリアについて少し学んでみましょう。
聖書の中で、マリアはイエス様の誕生に関する話に主に登場します。彼女はユダヤのナザレという村に住んでいた女性で、ヨセフという男性と結婚を約束していた人でした。
「この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリアといった。」(ルカ1:27)
「いいなづけ」という言葉は、日本語では「幼い頃に親同士が結婚の約束をした相手」という意味を表しますが、聖書本来の意味では「婚約者」という意味になります。マリアにはすでに婚約者がいましたが、神様はマリアにキリストを産む計画をしていました。マリアはまだ男性と関係を持ったことのない処女でしたが、み使いが来て、「聖霊によってあなたは子どもを授かります」と伝えたのです。
「母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。」(マタイ1:18)
しかし、マリアが身ごもったことを知ったヨセフは、マリアと離縁しようとしました。
「夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。」(マタイ1:19)
その後、ヨセフは夢に現れたみ使いの言葉を信じ、マリアと結婚することを決めました。しかし、それによって二人の将来には不安がつきまとうことになりました。なぜなら、正式に結婚したことを人々に伝える方法がありません。もし、結婚式をすればマリアがさらしものになってしまうからです。
そんな中、ローマ皇帝アウグストゥスが住民登録を行うよう命じる勅令を出し、ヨセフとマリアはベツレヘムに行かなければならなくなりました(ルカ2:1)。
身重のマリアにとっては大変なことでしたが、ある意味で、さらし者とならずに出産できたのだと思います。イエスが生まれた後、彼らはそのままベツレヘムでしばらく過ごしました。しかし、ヘロデ王が幼い子どもたちを殺そうとしたため、家族はエジプトに逃げ、その後、故郷のナザレに戻って暮らすことになりました。
ヨセフとマリアは、とても信仰心の強いユダヤ教の信者でした。イエス様が生まれてからモーセの律法に従って、40日のきよめの期間が終わると、彼らは神殿でいけにえをささげました。ナザレに戻った後も、彼らは毎年、過越の祭りのためにエルサレムに出かけていました。マリアはモーセの律法をきちんと守る人でした。
「さて、イエスの両親は、過越の祭りに毎年エルサレムに行っていた。」(ルカ2:41)
マリアには、イエス様以外に、4人の息子と幾人かの娘がいました。
「この人は大工の息子ではないか。母はマリアといい、弟たちはヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。妹たちもみな私たちと一緒にいるではないか。」(マタイ13:55〜56)
マリアの家族構成ですが、イエス様のほかに子どもたちがいました。この子どもたちについては、カトリック教会や東方正教会では、マリアの本当の子どもではなく、ヨセフの前の奥さんとの子どもだと考えられています。つまり、マリアはヨセフの「後妻」だったのではないかという考えです。
一方、多くのプロテスタント教会では、これらの子どもたちがマリアの実の子どもだと信じられています。この違いの背景には、カトリック教会と東方正教会では、マリアがずっと「処女」であったという考えがあります。マリアの夫ヨセフは、早くに亡くなったと言われています。
マリアの家庭は、あまり裕福ではありませんでした。その証拠に、イエス様の誕生を祝うための「いけにえ」として、山鳩が捧げられました。山鳩は、あまりお金のない家庭がささげるものでした。
また、マリアは、イエス様の信仰により、時々困ってしまったことがあります。
たとえば、イエス様が12歳のとき、家族と一緒に「過越の祭り」でエルサレムへ行ったときのことです。帰り道に、イエス様はマリアたちから離れ、エルサレムの神殿に残って教師たちと話していたことがあります。心配したマリアたちはやっとのことでイエス様を探し出したとき、マリアは驚きと心配からイエス様を叱りました。
「どうしてこんなことをしたのですか。見なさい。お父さんも私も、心配してあなたを捜していたのです。」(ルカ2:48)
すると、イエス様は両親に言われました。
「どうしてわたしを捜されたのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当然であることを、ご存じなかったのですか。」(ルカ2:49)
ところが、イエス様の答えは当然のように答えられました。マリアにはイエス様の言うことが理解できませんでした。
「母はこれらのことをみな、心に留めておいた。」(ルカ2:51)
マリアは、イエス様によるいろいろな出来事を「心に留めておいた」のです。たぶん、マリアはイエス様との生活で、似たようなことで困った経験があったのだと思います。たとえば、カナの結婚式でぶどう酒が無くなったとき、イエス様の答えをあまり気にせず、うまく受け流すことができるようになっていました。
「女の方、あなたはわたしと何の関係がありますか。わたしの時はまだ来ていません。」(ヨハネ2:4)
「あの方が言われることは、何でもしてください。」(ヨハネ2:5)
マリアは、母としていつもイエス様のことを気にかけていました。イエス様が当時の宗教指導者であるパリサイ人たちから恨まれるようになったと聞いたマリアは、とても心配になり、イエス様に会いに行きました(マタイ12:46〜47)。
このようなときも、イエス様はいつものように落ち着いて答えられたのです。
「わたしの母とはだれでしょうか。わたしの兄弟たちとはだれでしょうか」(マタイ12:48)
これまでのことから、たぶんマリアは、イエス様に冷たく言われても、あまり気にしなかったのだと思います。
2世紀ごろ、初期のキリスト教会の教父と呼ばれる指導者たちは、マリアのことを「女性としての完全性」を持つ人だと考えていました。これは、女性として神から与えられた役割を完全に果たしている人という意味です。
その後、431年に開かれたエフェソス公会議で、マリアには「テオトコス」という称号が与えられました。「テオトコス」とは「神の母」という意味です。カトリック教会や正教会ではこの称号を大切にしていますが、一部のプロテスタント教会では、「神の母」と呼ぶことでマリアを礼拝対象と誤解されることを避けるため、あまり使っていません。
そして、カトリック教会では、1854年に当時の教皇が言った「マリアは無原罪の御宿りである」ことを信じています。これは、マリアは他の人間のように罪の影響を受けずに生まれたという教えです。私たちは、イエス様が神であり人でもあると信じています。しかし、イエス様を産んだマリアは、私たちと同じように神の恵みによって救われたひとりの人間だと考えています。マリアを神であるイエス様の母として尊敬しますが、神のように礼拝はしません。
マリアは、自分の人生に大きな困難が待っていることを知っていたかはわかりません。でも、神様が自分に目を向けてくださったことを受け止め、自分が「幸いな者」と呼ばれると信じました。
「この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ご覧ください。今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。」(ルカ1:48)
そのように、多くの人々はマリアを幸いな者と見ています。私たちも、彼女を「幸いな者」と呼び、その波乱万丈と言ってもよい人生において、マリアのように神様に目を留められた者こそ、幸いな者であると信じてはどうでしょうか。そして、私たちも、私たちの人生において、神様から目を留められた者ですから、マリアと同様に、幸いな者なのです。
2.母の愛
ルカの福音書2章34〜35節をお読みください。シメオンは母マリアに言いました。「あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります。それは多くの人の心のうちの思いが、あらわになるためです。」(ルカ2:35)
マリアは「女性としての完全性を持つ人」と呼ばれることを話しました。そのひとつに、彼女は「母性の完全性」を持っていると言います。
「母性」という言葉は、母親らしさや母親の性質を表しています。ある大学の教授は、母性を「子どもを産んで育てる力だけでなく、他の人への無条件の愛、自己犠牲、献身」だと言っています。
この「他の人への無条件の愛、自己犠牲、献身」という言葉は、本当に素晴らしい表現ですね。これが母の愛だとしたら、母の愛は神様の愛に非常に似ていると言えます。神様の愛は、私たちのためにすべてを与えてくれる愛だからです。
母親とは、この母性を持つ人です。よく「女性には生まれつき母性本能がある」と聞きますが、本当にそうなのでしょうか?そこで、「母性とは何か」について少し調べてみました。
今日は、アメリカの科学記者、アビゲイル・タッカーさんが書いた『母性の科学』という本を紹介します。アビゲイルさんは子どもを産む前、自分が本当に母親になれるか、自信がありませんでした。他の母親のように子どもを愛せるか不安だったのです。しかし、子どもを産んだ後、赤ちゃんを見た瞬間、自分が大きく変わったことに気づきました。そして、その経験をもとにこの本を書きました。
この本の中で、最近の科学の研究からわかったことがあります。それは、「母性」は人間が生まれつき持っているものではない、ということです。また、母性は、人間だけでなく、多くの哺乳類にも見られる性質なのです。
母性を一言で言うと、「自分よりも子どもを優先する気持ち」です。たとえば、山で熊に出会うと、普通は熊が逃げます。でも、もし子連れの母熊なら話は別です。母熊は子どもを守るため、こちらに襲いかかってきます。同じようなことは、ねずみや猫、羊など、他の哺乳動物にも見られます。
最近の研究によると、女性が妊娠・出産するとき、オキシトシンと呼ばれるホルモンが分泌され、母親が子どもとの触れ合うことで、母性を造り出すそうです。オキシトシンがでると、「赤ちゃんのために何かをしてあげたい」と思うようになり、だんだんと脳が母親の脳に変わっていくのです。そうして、自分のことよりも子どもの事を大事に思うようになるのです。また、母親が子どもの世話をして、その子どもが喜んだり、元気になったりすると、母親の脳ではドーパミンというホルモンが出ます。これが、母親が子どもの世話をして喜びを感じる理由です。つまり、女性は子どもを産むことで、母性を持つようになり、その母性によって子どもを大切にしようとします。これは、神様が女性を母親としての役割にふさわしく造られたからだと思います。
しかし、母性には良いところだけではなく、注意が必要なところもあります。自分の子どもを大事に思うあまり、「我が子のため」と考えすぎて、他の人とけんかをしたり、犯罪を犯してしまうこともあるのです。
聖書には、
「女は、慎みをもって、信仰と愛と聖さにとどまるなら、子を産むことによって救われます。」(Ⅰテモテ2:15)
と書かれています。ここで「救われる」とは、十字架による救いの意味ではなく、「守られる」という意味です。つまり、女性が神を信じ、愛し、清らかに生きるなら、子どもを産むことを通じて母性という特別な性質が守られるということです。
ところで、この母性は子どもを産んだ女性だけの特権でしょうか?そうではありません。実は男性にも、また養父母など子どもを育てる人にも同じような性質が与えられるようです。男性の場合は「父性」と呼ばれるかもしれませんが、妻や子どもとのふれあいを通じて、オキシトシンやドーパミンが分泌され、心が変わっていくことが知られています。また、実際に子どもを産んでいなくても、積極的に子どもと関わろうとする人々も、このような変化を経験することができるといいます。
このように、母親のように「愛」と「信仰」を持って子どもと関わることは、どんな立場の人にも心を変えて下さるのです。
それではマリアについて見てみましょう。
ルカ2章22節には、
「そして、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子をエルサレムに連れて行った。」(ルカ2:22)
イエス様が生まれた後、マリアとヨセフはエルサレムに行きました。そこで、彼らはシメオンという信仰深い老人に出会いました。シメオンは神様から特別な知恵を与えられ、幼子イエスを見たとき、次のようなことをマリアに伝えました。
この子は、多くの人の心のうちの思いが、あらわになるため、イスラエルの多くの人が倒れたり立ち上がったりするために定められ、また、人々の反対にあうしるしとして定められており、そのために、あなた自身の心さえも剣が刺し貫くことになります。
これは、マリアがイエス様の人生を通して、多くの苦しみを経験することを意味します。特に、イエス様が十字架につけられたとき、マリアはその場に立ち、息子が苦しむ姿を目の当たりにしました。それは、母親として、まるで心に剣が刺さるような痛みだったことでしょう。
ヨハネの福音書19章25節、
「イエスの十字架のそばには、イエスの母とその姉妹、そしてクロパの妻マリアとマグダラのマリアが立っていた。」(ヨハネ19:25)
ここで「立っていた」という表現は、マリアたちがずっとその場を離れず、イエス様の苦しみを見守り続けていたことを意味します。特に母マリアは、自分の子どもが苦しむ姿を目の前で見て、その痛みを心に抱え続けたのです。
「しかし兵士の一人は、イエスの脇腹を槍で突き刺した。すると、すぐに血と水が出て来た。」(ヨハネ19:34)
これが、シメオンが預言した「あなた自身の心さえも、剣が刺し貫く」という言葉が現実になった瞬間です。マリアは母として、自分の心もまるで剣で刺し貫かれるような大きな痛みを感じたはずです。
イエス様が十字架で苦しんだのは、「多くの人の心のうちの思いが、あらわになるため」、すなわち、私たちの心の中にある弱さや痛み、罪があらわれるようになり、それを癒し、赦し、救うためでした。傍らに立つマリアは、そのイエス様の苦しみを、母として見守り続け、同じように心の痛みとして感じ続けていたのです。これは、マリアがイエス様を愛し、イエス様を理解し、イエス様の行われたことを心に受けとめたからです。それが、マリアの母としてのイエス様への愛なのです。
これは、2008年に中国の四川省で起きた大地震での、ある母親の勇気と愛の実話です。
その地震が起きたのは5月12日。北川県という場所で、救助隊が倒壊した建物の中を探していると、ひざまずき、両手を地面についている女性の遺体を発見しました。彼女はすでに亡くなっていましたが、何かをかばうような姿勢でした。救助隊がその場を離れようとした時、誰かの声が聞こえたような気がして、もう一度女性の体の下を調べると、その下に赤ちゃんがいて、まだ生きていたのです。赤ちゃんは生後3〜4カ月くらいの男の子で、母親に守られて無傷のまま、静かに眠っていました。さらに、赤ちゃんを包んでいた毛布の中から携帯電話が見つかり、その画面には、生き延びられたら、お母さんがあなたを愛していたことを覚えていてほしい、という趣旨のメッセージが表示されていました(出典未確認)。
このお母さんは、地震の中、自分の命をかけて赤ちゃんを守ったのです。その強い母の愛は、今も多くの人々の心に残り続けています。
母性とは、新しい命のために、父なる神様が母親に与えた特別な愛の性質だと私は考えています。これは、自分よりも子どもを優先し、子どもを大切に思い、子どもが生きることを何よりも願う気持ちです。このような愛は、父なる神様が私たちに注いでくださる愛にとても似ています。
ただし、母性には強い感情があるため、時に正しい判断が難しくなることもあります。でも、神様の愛は違います。それは私たちすべて、たとえ神様に逆らう人々に対しても注がれる完全な愛です。
四川大地震のとき、ある母親は自分の命をかけて子どもを守りました。彼女は子どもに「お母さんがあなたを愛していたことを覚えていてね」と伝えたかったのです。同じように、神様はイエス・キリストの十字架を通して、私たちに「神様があなたを愛していることを覚えていて」と今も語りかけています。
また、母マリアもイエス様の十字架の苦しみを目の当たりにし、神様の愛を深く体験しました。私たちも母マリアのように、神様の愛をしっかりと受け止める者になりたいと思います。
聖書の引用は『聖書 新改訳2017』©2017 新日本聖書刊行会 による。