母マリアの信仰

聖書箇所:ヨハネ19:25〜27

説教者:高橋堅治

先週は、顧問牧師を通して、ヨブ記から学ばせて頂きました。皆さんはどんな気付きがあったでしょうか。ある先生は、礼拝での気付きを、聖霊の語りかけと言われました。私たちは、普段、気づかないまま読み過ごしている聖書の言葉を、あるとき、突然に気付くことがあります。そのときの自分の状況と聖書の御言葉が一致したとき、私たちは新たな体験をするのです。

さて、先週の私の気付きは、試練がやってきたとき、それを試練と理解すらできませんが、その出来事が過ぎ去ったときに、体験を通して、それまでに自分が知らなかったことを教えられるということです。出来れば、そんなことを避けたいと思う出来事も、そこを通って以前の自分には無い一回り成長した自分を今は見出すことができたという体験です。私にとって、前職での休職は手放すものが多かったですが、それ以上に現在の自分の土台を作ったものとなりました。そのことを振り返りながら、神の恵みを思い起こした一時でした。

さて、本日は母の日礼拝となります。第二週は、ヨハネの福音書を取り上げていますが、本日は、ヨハネの福音書19章にあるイエス様の母マリアの姿を学びたいと思います。

1.イエスの母マリア

イエス様の母親は、ナザレに住むマリアというひとりの女性であることが聖書に書かれています。イエス様の母マリアは、カトリック教会ではイエス様とほぼ等しい信仰の対象にまでなっています。プロテスタント教会でも、クリスマスの時期が来ると、かならず取り上げられる人物です。しかしながら、イエス様の公生涯と言われる30歳を過ぎて活動された頃、マリアについての聖書箇所はごくわずかです。

聖書にはマリアの誕生や両親についての詳細な記述はありません。伝承によれば、父ヨアキム、母アンナに生まれた一人娘であったと言われています。そして、高齢の大工ヨセフの元に、後妻として嫁ぐことになったと言われています。あくまで伝承なので、確かではありません。

ルカの福音書1章には、このマリアに御使いガブリエルが現れ、受胎告知がされました。

「この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリアといった。御使いは入って来ると、マリアに言った。『おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。』」(ルカ1:27〜28)

そして、御使いは、マリアに対して、男の子を生むこと、その子が大いなる者となることを告げます。彼女は、

「しかし、マリアはこのことばにひどく戸惑って、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。」(ルカ1:29)

と御使いの言葉を聞いて、戸惑い、考え込んだとあります。

御使いはイエス様の誕生を告げ、最後に、

「神にとって不可能なことは何もありません。」(ルカ1:37)

と語りました。それに対するマリアの答えは、

「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」(ルカ1:38)

でした。彼女は、御使いが目の前に現れ、最初はとても戸惑い、そして考え込みました。しかし、イエス様の誕生を告げられ、神様に不可能なことはないという言葉通りに、信じ受け止めたのです。この姿について、エリザベツは次のように告白しています。

「主によって語られたことは必ず実現すると信じた人は、幸いです。」(ルカ1:45)

このように、マリアは必ず実現すると信じたのです。

更に、ベツレヘムでイエス様が誕生したときのことを見ましょう。

ルカの福音書2章で、羊の夜番をしていた羊飼いたちの前に、御使いと天の軍勢が現れ、神様を賛美しました。羊飼いたちは、すぐにマリアと幼子を見つけ、御使いが告げたことを知らせました。

「聞いた人たちはみな、羊飼いたちが話したことに驚いた。しかしマリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。」(ルカ2:18〜19)

人々は羊飼いたちの話を聞いて驚きましたが、マリアは「すべて心に納めて、思いを巡らしていた」とあります。ここに、御使いの話を聞いた人々とマリアの応答に違いがあることがわかります。彼女は、「心に納めて、思いを巡らしていた」というのです。

更に、ルカの福音書2章には、イエス様の十二歳のときに、祭りの習慣でエルサレムに出向いたときの出来事があります。マリアとヨセフがエルサレムから帰ったとき、なんと、イエス様はエルサレムにとどまったことがありました。

「両親は彼を見て驚き、母は言った。『どうしてこんなことをしたのですか。見なさい。お父さんも私も、心配してあなたを捜していたのです。』」(ルカ2:48)

「すると、イエスは両親に言われた。『どうしてわたしを捜されたのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当然であることを、ご存じなかったのですか。』しかし両親には、イエスの語られたことばが理解できなかった。」(ルカ2:49〜50)

マリアは、イエス様が語られた言葉を理解できませんでした。しかし、51節に「母はこれらのことをみな、心に留めておいた。」とあります。ここでは、マリアは理解できずとも、イエス様の出来事、そしてその言葉を心に留めておいたというのです。

改めて、ここまでのマリアの応答をみてみましょう。

ルカ1:29。御使いの言葉に動揺し、自分で何とか理解しようと考え続ける姿があります。

ルカ2:19。人々の驚きの反応に応じず、それらを心に留めて、信仰や体験と照らし合わせて意味を探ろうとしました。

ルカ2:51。イエス様のことばを理解できずとも、動揺せずに心に留めるようにしました。

ここに、彼女の信仰の変化が見られます。最初は、想定外の出来事に動揺し、その意味を知ろうと必死でした。しかし、周囲が驚くような状態であっても、彼女は冷静にそれを受け止め、自分の持っている体験や知識から意味を探ろうとしました。イエス様が十二歳になる、すなわち、御使いに出合って13年が経過したとき、意味が理解できないことも、ありのまま受け止めるようになりました。

私たちが人生の中でイエス・キリストに出合ったとき、特に救いが自分自身に与えられたとき、私たちは動揺したり、興奮したりしました。イエス様との歩みを続けていく中で、これまでの信仰体験や聖書知識とを照らし合わせ、意味を探ろうとしたこともあります。マリアの信仰は、今は理解できなくとも、その出来事を信じて受けとめるところまで高められることです。

2.母マリアの信頼

イエス様が30歳になられて、神の国の福音を宣べ伝え始められました。カナの婚礼では、母マリアが共に婚礼に出向いて行った出来事であり、マリアの数少ない言動が記されています。

ヨハネの福音書2章3〜5節をお読みください。「ぶどう酒がありません」と言った母に、イエス様は「女の方、あなたはわたしと何の関係がありますか。わたしの時はまだ来ていません。」と言われ、母は給仕の者たちに「あの方が言われることは、何でもしてください。」と言いました。(ヨハネ2:3〜5)

婚礼の祝いの席で、ぶどう酒がなくなるという問題が起こりました。これはとても大きな問題であり、婚礼の当事者である花婿とその父は、招いた人々に大変失礼なことをしたことになります。このことを知ったマリアは、動揺しませんでした。彼女は周囲の出来事に動揺せずに、まずは受け止めることが出来たからです。そして、彼女は事実を委ねることが出来ました。その事実を事実としてイエス様に伝えたのです。何かしてくださいとか、どうしましょう?という言葉なしに、ただ、「ぶどう酒がありません」という事実でした。イエス様からは、「女の方、あなたはわたしと何の関係がありますか。わたしの時はまだ来ていません。」と言われましたが、恐らく、マリアは「わたしの時はまだ来ていません」というイエス様の言葉を理解できなかったと思います。ただ、イエスならば、解決してくれるだろうという信頼がありました。それだから、給仕の者たちに、「あの方が言われることは、何でもしてください」と伝えたのです。それは、給仕の者たちに、イエスを信じて従ってくださいと伝えている姿です。

この信仰の姿は私たちは学ぶべきことがあります。

私たちは、問題を知ったとき、どうすればいいか?とあれこれと悩み、考え込んでしまいます。すなわち、マリアが御使いに出合ったときの動揺と考え込む姿です。また、その問題を知って、それを過去の自分の経験の中に解決策を探ることもあります。それでも自分ができる範囲を超えた事柄があるのではないでしょうか。そのとき、私たちは、問題の事実を神様に告げることが必要なのです。そして、これからが私たちの信仰を試されることになりますが、イエス様を信じ、従うことを問題を抱えている人々に勧めるのです。これには、イエス様がその事実を知っておられ、解決するお力があると信頼する信仰が必要です。私たちに必要なのは、神様を信頼し、神様を信じることを勧められるかどうかにかかっているのです。

3.十字架のそばに立つマリア

ヨハネの福音書19章25〜27節をお読みください。「イエスの十字架のそばには、イエスの母とその姉妹、そしてクロパの妻マリアとマグダラのマリアが立っていた。」(ヨハネ19:25)

これは、イエス様が十字架に架けられたときの、母マリアを含む数人の女性たちの情景です。母マリアの他には、マリアの姉妹、恐らく、ヨハネとヤコブの母であるサロメだろうと言われています。また、クロパの妻マリアは、伝承によれば、イエス様の叔母ではないかと言われています。さらに、マグダラのマリア、彼女はイエス様に七つの悪霊を追い出していただいた人物です。彼女らは、イエス様がユダヤで宣教する間、イエス様と弟子たちの生活を支えてきた女性たちでした。ですから、ここに立つ女性たちも、イエス様の公生涯において、イエス様が話されることを聞き、また、その奇蹟を体験してきたのです。しかし、マリアとはいえ、息子イエスを心配していました。

マタイの福音書12章46節には、母マリアと兄弟たちがイエス様のところに訪問した状況が書かれています。

「イエスがまだ群衆に話しておられるとき、見よ、イエスの母と兄弟たちがイエスに話をしようとして、外に立っていた。」(マタイ12:46)

この訪問の理由は、当時、イエス様の言動がパリサイ人たちに対する批判が多くなり、パリサイ人たちによる陰謀を恐れた母マリアがイエス様に忠告するためであったと言われています。まさに、時を追うごとに、イエス様に訪れつつある身の危険をマリアは心配していたのです。そして、イエス様が捕えられ、まったく非道とも言える裁判を受け、十字架での死刑に処せられることになり、母マリアと近親者とも言える女性たちと共に、十字架のもとに駆け付けたと思われます。

この十字架のそばに立つ母マリアの心境は、30年以上も前に、シメオンによって語られた言葉通りだったと思います。

「あなた自身の心さえも、剣が刺し貫くことになります。それは多くの人の心のうちの思いが、あらわになるためです。」(ルカ2:35)

イエス様は、多くの人々が不信仰の故に倒れる人々と、イエス様のゆえによみがえる(立ち上がる)人々がおり、反対にあうしるし、すなわち、人々から否定される者になることが定められている。そして、それはマリアの心も剣で刺し貫くほどに痛みを伴うようになること、それはイエス様の前で信じる、または信じないという信仰が明らかになるためであるとあります。まさに、イエス様の十字架についてシメオンは語っていますが、マリアはこのときのことは理解できなかったはずです。

しかし、いま、十字架のそばに立つとき、彼女のうちにシメオンの語った言葉が本当であったことを理解できるのではないかと思います。彼女は、息子イエスの十字架であっても、それを寡黙の状態で受け入れていたのだと思います。

実際に、聖書にはこのときのマリアの悲しみが何も記されていません。彼女は、ただ、十字架のもとで立っていたのです。ここで「立つ」は沈黙して立ちすくんでいたという意味をもちます。遠藤周作は、十字架のもとで沈黙するマリアを、何もできないが共にいる存在として描いています。母マリアは、イエス様を十字架から助け出すことは出来ません。イエス様を慰めたり、励ましたりも出来ません。彼女は、ただ、息子イエスのそばにいる存在だったのです。彼女は崩れ落ちず、逃げず、そこに立ち続けたのです。これが、母マリアの神様の御業をそのまま、受け止める信仰なのです。

鈴木秀子さんの『神は人を何処に導くのか』の中に、「霊操体験」という記事があります。これは、イエズス会の創立者イグナチオ・デ・ロヨラが、深い霊的体験に導くための手引きとして霊操ということを語っています。すなわち、それは神様と一対一で向き合い、自分から神様、神様から自分への双方向の感情疎通をすることだそうです。その内容は、祈りとは一方的な願い事ではなく、神様との対話であり、賛美、感謝、赦しを求める祈り、他の人のための祈りなどを含むこと、また霊操は神と人との親密な協力のもとで成し遂げられるもので、神にすべてを委ね、神と一致するために沈黙の行や祈りがある、というものでした(鈴木秀子『神は人を何処に導くのか』より要約)。

修道院では、沈黙の時間を続ける中で、自分の心の深いところで神様とのつながりをもつという修行です。

私は、マリアがイエス様の母になり、イエス様と共に過ごす中で、彼女の信仰が変えられ、高められ、十字架の主と共にいるとき、彼女がそこに寡黙の状態で立ちすくんでいるときも、彼女の中でイエス様と深いところで繋がっていたのだと思いました。

プロテスタント教会では、これまで霊性というものを重要視してこなかったと言われています。まさに、騒ぎ立て、心を落ち着かせ、この世界に神様がおられ、その神様に繋がっている自分をマリアのように見つけることが必要であると思います。

マリアは、イエス様の母でした。そのマリアも母親という立場で、イエス様によって、その信仰を引き上げて頂いたのです。

聖書の引用は『聖書 新改訳2017』©2017 新日本聖書刊行会 による。

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