イエスが見た彼らの信仰

聖書箇所:マルコ2:1〜12

説教者:高橋堅治

先週の礼拝では、ヨブ記42章から、ヨブの信仰は、ヨブの友人たちの信仰すら成長を与えたことがお話しされました。友人たちは、因果応報によって、苦難の中にあるヨブの罪を責めました。因果応報とは、私たちの運命は、自分の過去の行為によって決まるという考え方です。実際、イスラエルの人々には、「神は正しい方を祝福し、悪人を罰する」という考えがありました。申命記は、イスラエルの民に、律法に従って祝福を得るか、従わずに呪いを受けるかを選択する書でもあります。今日の学びの中でも、少しだけ因果応報について触れようと思います。

さて、先週、お話ししましたように、礼拝後の部会では礼拝奉仕について話し合いたいと思います。今日のみことばを通して、神様のお働きは一人ではなく、同じ目的を共有するチームによって担われるものであることを、共に学ばせていただきたいと思います。

1.イエスは彼らの信仰を見た

マルコの福音書2章1〜12節をお読みください。カペナウムの家で、四人の人に担がれた中風の人が、屋根から吊り降ろされる場面です。

「イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に『子よ、あなたの罪は赦された』と言われた。」(マルコ2:5)

この出来事は、イエス様が福音を宣べ伝え始めて間もない頃の出来事だと言われています。30歳の青年であるイエス様は、福音を宣べ伝えるために、ご自分が育ったナザレの地から、ガリラヤ湖の畔にあるカペナウムの町に滞在して、福音を伝えられました。このカペナウムの町というのは、ガリラヤ湖に棲む豊富な魚を取る漁師たちの町でもありました。実に、弟子のシモン・ペテロとその兄弟アンデレが住んでいた町でもありました。イエス様の家とは、シモン・ペテロの家ではないかと言われています。多くの人々は、イエス様のところに集まってきていました。それは、マルコ1:40〜45にある、重い皮膚病の人を癒したイエス様の噂を聞いて、多くの人々が訪ねてくるようになったのです。

「すると、人々が一人の中風の人を、みもとに連れて来た。彼は四人の人に担がれていた。彼らは群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、イエスがおられるあたりの屋根をはがし、穴を開けて、中風の人が寝ている寝床をつり降ろした。」(マルコ2:3〜4)

人々が、一人の中風の人をイエス様のところに連れてきました。ところが、イエス様がおられた家には既に人々が多くいたため、イエス様のところにたどり着くことはできなかったのです。そこで人々は、屋根を剥して穴を開けて、その中風の人を屋根から吊り降ろしたのです。

皆さん、これを聞くと、彼らはどんなふうに中風の人を降ろしたのかと想像するのではないでしょうか。この当時のガリラヤ地方の家は、インスラと呼ばれる共同住宅でした。中央に中庭があり、庭を囲むように小さな部屋が配置されていました。一つの部屋の大きさは16畳(8畳2間)程度で10から15人程度が入れるものでした。この建物は、地元に豊富に採掘された玄武岩を泥や漆喰で固めたものでした。屋根には、木の梁を通して、その上に枝や藁を敷き詰めて、泥や粘土で固めたものだそうです。平らにできていて、日当たりもよく、風通しもよいため、生活に必要な道具や貯蔵した食糧なども置かれていたようです。すなわち、屋根も普段の生活で使われていたことが分かります。

恐らく、イエス様の周りは数十人の人々が集まったため、部屋に入り切れない人々は中庭の方にまで広がっていたのでしょう。

イエス様の噂をきき、このお方が様々な病を治されると聞けば、まともな医療もない当時なら、病人はなんとかイエス様にお会いして治してもらいたいと切に願ったと思います。中風の人もそのうちの一人でした。中風とは、脳卒中の後遺症のことを指しており、体が不自由な状態にあります。そして、彼には、その願いに応えようとする人たちがいたようです。彼らが友人だったのか、家族だったのか、あるいは近所の人だったのかは聖書には書かれていません。しかし、この人を何とかしてイエス様に会わせたいという強い思いを持った人々が、彼のそばにいたのです。彼らは一致団結して、中風の人を見てもらおうと、彼をイエス様のところに連れて行ったのです。聖書には、中風の人を担いだ4人の人々がいたことがわかります。しかし、彼らが着いたときは既に、イエス様に会うことができないほど、人々が集まっていたのです。

彼らは、人が多いから今日は止めておこうと言って諦めることはしませんでした。彼らの中で、何とかして、中風の人をイエス様にお会いさせたいという思いがありました。おそらく、彼らはどうしようと互いに話し合ったと思います。その中で、「イエス様がおられる場所の屋根を剥して、穴を開けたらどうか」というとんでもないアイディアが生まれました。それなら「寝床に紐を結んで降ろしたらいいのではないか」と、奇抜なアイディアが生まれたのです。想像ですが、彼らの中には、きっと、慎重な意見を言う人もいたかもしれません。「そんなことをしてはいけない。人の家の屋根に穴を開けるなんて、絶対にやってはならないことだ」という人もいたかもしれません。なら、他に良いアイディアがあるのかを色々と話し合ったかもしれません。彼らの目的は、絶対に中風の人をイエス様に会わせて、中風を治していただくということでした。そこに諦めて帰るという選択はなかったようです。なぜなら、彼らは、中風の人の苦しみを知っていました。中風の人は、体の不自由さのため、生活自体が他の人々に依存しなければなりませんでした。また、当時、中風とは、神に呪われた者というレッテルを貼られておりました。だから、なんとしても、中風の人は治りたい、友人たちは中風の人をイエス様に会わせたいという強い意志があったのです。

その結果、彼らは屋根に上り、屋根を引き剥がし、穴を開けて、そこから中風の人を降ろしたのです。彼らは、屋根を引き剥がしたり、穴を開けたり、吊るしたりする道具を用いることも必要でした。彼らの必死な思い、中風の人をイエス様に会わせさえすれば治るという信仰は、彼らの行動に表れています。

そこに、イエス様は、彼らの信仰を見たのです。

イエス様は「彼らの信仰を見て」と聖書は記しています。ここで「彼ら」と訳された原語は複数形で、担いだ友人たちだけでなく、担がれた中風の人自身も含まれていたと多くの人々は考えています。信仰は、担う人のものであると同時に、担がれた人のものでもあったのです。自分では動けない状況にあっても、「友人たちに連れて行ってもらおう」と身を委ねた彼の心もまた、信仰の現れでした。

すなわち、信じた結果として現れる行動こそが、目に見える信仰の姿です。行動を伴わない信仰は、他者にも自分にも見えないままで終わってしまうのです。

「同じように、信仰も行いが伴わないなら、それだけでは死んだものです。」(ヤコブ2:17)

これまで、私たちは礼拝奉仕、すなわち、礼拝の司式・説教、奏楽・賛美、会計、伝道活動、人を手助けする活動など、それぞれが牧師からの任命で行ってきました。もしかすると、牧師が言うから、しぶしぶ引き受けることもあったかもしれません。中風の友人たちは、団結し、イエス様に中風の人を会わせるという目的のために、アイディアを出したり、道具を用いたり、体を使って行動しました。イエス様は彼らのその行動を見て、彼らの信仰を知りました。

私は、礼拝奉仕を私たちの信仰の表現のひとつだと思います。司式・説教は、神を礼拝し、イエス様の教えを守る機会を作るために行動することです。賛美は、神を褒めたたえるために行動することです。会計は私たちが奉げるお金を神と人のために適切に用いるために管理する行動です。伝道活動は、福音を宣べ伝え、人々との関係を継続的に築き、守り続ける行動です。人を助ける活動はイエス様の求める愛を行う行動です。このように、イエス様の神の国である教会を築くために、目的に向かって一致団結して、行動する信仰の表現なのです。そこには人々が目的のためにアイディアを出したり、道具を用いたり、体を使って行動するのです。ですから、私たちは礼拝奉仕のために、ひとりひとりが個別に任命されるのではなく、自ら意志をもって、同じ目的を共有するチームに参加し、団結して、それぞれの役割や賜物を用いて行動するという信仰表現が必要なのです。

先々週、紹介したある牧師の話をもう一度、ここで紹介いたします。その牧師の教会は、セルグループという少人数でのチームでの活動をしているそうです。彼らは定期的に集まり、ニーズのある所に出向き、イエス様の愛の働きをしています。このことを通して、教会に加わる人々が起こされていくのだそうです。

このように、奉仕はイエス様のために愛の行動を行うことであり、礼拝奉仕だけではありません。私たちが遣わされている家庭、職場、地域社会の中でも、必要なニーズがあるときに、チームで出向き、イエス様のために働くことができるのです。

2.批判する心と認める心

「ところが、律法学者が何人かそこに座っていて、心の中であれこれと考えた。『この人は、なぜこのようなことを言うのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、だれが罪を赦すことができるだろうか。』」(マルコ2:6〜7)

「あなたに言う。起きなさい。寝床を担いで、家に帰りなさい。」(マルコ2:11)

中風の人を寝床で引き下ろした彼らの信仰を見て、イエス様は中風の人に「子よ、あなたの罪は赦された」と言われました。そのとき、そこには何人かの律法学者がいたようです。律法学者は、当時の聖書の先生でした。そして、突如、現れた青年宗教家であるイエス様を監視していたのです。それだから、律法学者たちは、イエス様の言葉を聞いて、「この人は、なぜこのようなことを言うのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、だれが罪を赦すことができるだろうか」と考えたのです。

イエス様はどうして、「起きて、寝床をたたんで歩け」と言わずに、「あなたの罪は赦された」と言われたのでしょうか。イエス様は、すぐにこのように言っています。

「中風の人に『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。」(マルコ2:9)

これは恐らく、イエス様は罪を赦す権威を持っていることを表すために言われたのです。

律法学者が考えるのは、「罪は赦された」という言葉は容易であると思えたことでしょう。何故なら、「罪を赦す」という言葉には目に見える結果が伴わなくてもよいからです。責任のない言葉と捉えてもよいのです。しかし、一方で、律法学者たちは、中風の人は、大きな罪を犯したために現在の状況に陥っており、罪が赦されなければ、病気の回復はないとも信じていました。

罪を赦すことができるのは神様ただ一人であると彼らは考えていることは正しいことです。そして、罪を赦すということは、実証することができないから誰でも言うことができると彼らはイエス様を胡散臭く考えたようです。さきほど申し上げたように、ユダヤ人も因果応報という考えがありました。すなわち、「神は正しい方を祝福し、悪人を罰する」ということです。そして、中風という体が不自由で身動きができない病については、律法学者からは、罪の結果であるという考えがありました。

ユダヤのタルムードのネダリーム41aには、病人は、天の法廷が彼のすべての罪を赦したときにのみ病気から回復する、という趣旨の教えが記されています(タルムード、ネダリーム41aより要約)。

このように、律法学者たちは、罪が赦されないかぎり、病気からの回復はないと考えていたのです。

律法学者たちがこのように考えていたということは、中風の人自身もまた、そのように思い込まされて生きてきたということです。「自分の病は、神に罰せられた結果だ。自分は呪われた者だ。」周囲からの視線と、自分自身の中の声に挟まれて、彼はどれほど長い夜を過ごしてきたでしょうか。そのような彼に、イエス様は真っ先に「子よ、あなたの罪は赦された」と声をかけられました。体を癒す前に、まず彼の存在そのものを受け入れ、回復されたのです。

イエス様はご自身が罪を赦す権威をお持ちであることを表すために、「あなたの罪は赦された」と宣言し、さらに、「起きなさい。寝床を担いで、家に帰りなさい」と言って病気を回復され、律法学者たちに罪を赦す権威があることを示されたのです。

このような場面をみると、イエス様の周りには弟子たちを除き、3種類の人々がいたことが分かります。イエス様に中風を治してほしいと願う中風の人とその友人たち、イエス様を批判的に見る律法学者たち、そして、イエス様の奇蹟を見たいと願う群衆がいました。

信仰をもってイエス様のところに来たのは中風とその友人たちでした。胡散臭い人物だと疑いを持ってイエス様の周りにいたのは律法学者たちです。そして、イエス様の奇蹟をみて、神をあがめたのは群衆たちでした。

では、私たちは、この3通りの人々の誰と同じでしょうか。聖書に書かれた規則をきまり通りに守ろうと努力し、それを守れない他の人を批判するとしたら、律法学者と同じです。また、他の人の信仰や証しを通して、なんて素晴らしいことかと、神を褒めたたえるとしたら、群衆と同じです。

でも、私たちは、信仰をもって行動し、目に見える信仰をイエス様に認めていただく、あの中風の人の友人たちのようになりたいと思いませんか。

イエス様はこうも言っておられます。

「このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」(マタイ5:16)

イエス様は私たちに群衆のようになりなさいとは言われません。世の光となり、その良い行いによって、人々が天におられるあなたがたの父があがめられるようになることをお望みです。すなわち、中風の人と友人たちのような良い行いをしなさいというのです。彼らは、屋根を剥ぎ取り、穴を開けて中風の人を降ろしました。そして、その行動の結果、イエス様は中風の人を癒すという栄光を現され、結果的に人々は父なる神様を崇めたのです。だから、イエス様が私たちに期待していることは、中風の友人たちのようになることでないでしょうか。

ある海外の教会が震災復興のために派遣している支援チームのリーダーの方と話す機会を与えられました。

その方は、震災で苦しむ人々を助けるために、毎日、復興支援の働きを行っているそうです。そこで、その方は「あなたはクリスチャンらしくないが、私が神様を信じるとしたら、あなたの信じる神様を信じたい」と言われるそうです。日本人がクリスチャンに対するイメージは、道徳的、禁欲主義(ストイックな姿)、勧誘への警戒、浮世離れした近寄りがたさだそうです。このイメージは、律法学者のように感じます。しかし、その方は、中風の友人たちのように型破りで、クリスチャンというイメージを感じさせず、目の前にいる人を愛する人なのです。

では、家を壊してでも、人を助けなさいとは言えません。愛は非礼を行わないからです。

「礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めず、」(Ⅰコリント13:5)

しかし、ルールがあるとき、愛という行為自体が消失してしまうことがあることを私は知りました。

私は、ある役割を引き受けております。その役割には様々なルールがあります。何か余計なことはやってはいけないルールです。例えば、自分の担当範囲外の人を助けようとして、叱られたことがありました。それから、私は活動にルールという線を引くようになりました。そこで、相談を受けたとき、担当範囲外ということで、そのことをその範囲の担当の方に委ねました。残念なことに、その結果は良いものになりませんでした。担当の方には問題はないけれど、私の心は、「これで良かったのだろうか?」と疑問を持つようになりました。私は、私の指導者である牧師先生に相談したとき、先生は、「行動がルールに束縛されるなら、その役割なんて辞めてしまいなさい」と言われました。その言葉で、私は自分がなぜもやもやとした気持ちを持っていたのかが分かりました。私はいつの間にか、ルールという言い訳を作って、本来、あるべき愛を動機とする行動をしなくなったのです。

ルールは大切ですが、ルールは時々、私たちの行動を冷たいものにします。私は、ルール以上に、イエス様ならばどうされるか、自分の行動が愛に基づいたものかを考えることが大切と思うようになりました。

この点においても、私たちはチームで行動することが大切です。2、3人が集まったところに、イエス様もおられます。イエス様がおられるなら、私たちの行動がどうあるべきかを教えて下さるはずだからです。

礼拝奉仕に限ったことではありません。教会とは、イエス様によって、この世界から呼び出された人々を表します。私たちもその一人であり、私たちが、私たちの身の回りのニーズを知り、そのニーズを教会内で出来るだけ分かち合い、そして、解決するために、イエス様のお心を求めながら、行動するなら、私たちは、律法学者のように批判的にならず、また、群衆のように他人事にせず、中風の人の友人たちのように、信仰をイエス様に見ていただく者となるのです。

聖書の引用は『聖書 新改訳2017』©2017 新日本聖書刊行会 による。

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